東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8099号 判決 1992年6月30日
原告
甲野春子
右訴訟代理人弁護士
新谷謙一
同
藤本勝也
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊―
右指定代理人
町田積夫
外三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、公正証書原本不実記載罪及び不動産侵奪罪の被疑事実で逮捕され、その住居に対する搜索等の強制処分を受けた原告が、(1)右逮捕、捜索等の強制処分は原告に対し何らの事情聴取を行わずに事実を誤認して行った違法なものであり、(2)逮捕はその必要性を欠く違法なものである、(3)また、逮捕後原告の弁明も聴かずに原告の顔写真まで提供して行ったマスコミに対する違法な情報提供によって名誉を棄損された、と主張して、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料として一〇〇〇万円の損害賠償を請求している事案である。
一争いのない事実
1 原告は、甲野一郎の孫(故人)の妻である。
2 原告と奥井繁敏(以下「奥井」という。)の間には、昭和三五年ころから別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)及びその他の土地建物の権利関係をめぐり、別紙事実経過記載の事実が存在した。
3 原告は昭和六〇年三月一日、別紙記載の被疑事実(以下「本件被疑事実」という。)で、警視庁立川警察署(以下「立川署」という。)警察官に逮捕(以下「本件逮捕」という。)され、また、そのころ原告の住居について二回にわたる捜索等(以下「本件捜索等」という。)の強制処分を受けた。
4 原告は、同月二〇日釈放されるまでの二〇日間身柄の拘束を受けたが、東京地方検察庁八王子支部検察官は、同年六月二〇日原告を不起訴処分にした。
5 立川署警察官は、同年三月二日、警視庁記者クラブ加盟の報道機関に対し、原告、A、B、及びC(以下「A」「B」「C」という。)を本件被疑事実で通常逮捕したこと並びに原告が甲野一郎の孫の妻であることを広報するとともに、原告の顔写真を提供した。
6 原告が本件被疑事実で逮捕されたことは、同年三月二日付け朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の全国版に、原告の顔写真入りで報道された。そして、右新聞の見出しには「甲野一郎の孫の嫁 逮捕」「四億土地乗っ取る・未登録部分につけ込み」と記載されていた。
7 立川署警察官は、被告の公務員である。
二争点
1 本件逮捕及び本件搜索等の当時、原告が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があったか。
2 本件逮捕の当時、原告に逃亡のおそれ又は罪証隠滅のおそれがあったか。
3 立川署警察官が原告から事情聴取をしないで原告を逮捕したことは違法か。
4 立川署警察官が、報道機関に対し、本件被疑事実に関する情報、特に原告が甲野一郎の孫の妻であることを公表し、原告の顔写真を提供したことは違法か。
第三争点に対する判断
一争点1について
1 証拠(<書証番号略>証人吉田、同A、原告)によると、次の事実を認めることができる。
(一) 原告と奥井の間には、本件土地建物の所有権の帰属をめぐり争いがあったが、原告は、本件土地建物を所有していることを前提にして、奥井外三名を相手方として、東京地方裁判所八王子支部に、昭和四〇年所有権移転登記抹消登記手続等請求訴訟(以下「甲事件」という。)を、同四四年建物所有権移転登記抹消登記手続等請求訴訟(以下「乙事件」という。)をそれぞれ提起し、奥井は、逆に本件土地建物を所有していることを前提にして、原告を相手方として、同裁判所に、同年家屋明渡・建物収去土地明渡請求訴訟(以下「丙事件」という。)を提起した。
右甲・乙・丙事件は併合して審理され、同裁判所は、同五四年五月一六日、本件土地建物の所有権が奥井に帰属すると判断した上、甲・乙事件にいついて原告の請求を棄却し、丙事件について奥井の請求を認容する原告全面敗訴の判決を言い渡した(第一審判決)。
(二) 原告は、右第一審判決を不服として、東京高等裁判所に控訴したが、同裁判所は、同五七年四月二八日、原告の控訴を棄切する判決を言い渡した(控訴審判決)。原告は、さらに最高裁判所に上告したが、同裁判所は、同五八年七月一九日、原告の上告を棄却する判決を言い渡し(上告審判決)、第一審判決が確定した。
(三) 原告は、昭和五四年五月ころ、それまで居住していた本件土地建物から現在の住所に生活の本拠を移し、同五八年八月初めころまで本件建物は空き家のまま放置され、ほとんど廃屋に近い状態になっていた。
(四) ところが、同月初めころ、原告は、Aと共謀の上、本件建物を補修し、同月二五日ころからBを本件建物に住み込ませた。
(五) さらに、Aは、Cの名義で同年八月一一日に足立簡易裁判所に本件被疑事実記載の仮差押命令を申請し、同裁判所は同月一六日右申請を認める決定をし、これに基づく登記嘱託により、同月一七日受付をもって本件被疑事実記載のB名義の所有権保存登記が経由された。
(六) 他方、前記(二)の上告審判決は、同年七月一九日、上告時の代理人であったAの事務所(原告の現住所が存する原告名義のマンション○○ハイライズの七〇二号)宛に書留郵便に付する送達をもって送付された。Aは、同五七年一〇月懲戒処分により弁護士の資格を失い、右判決の送達時には訴訟代理人の資格を有していなかったが、Aと原告とは昭和三一年ころからの付き合いが現在に至るまで継続しているものであり、Aは、原告と奥井との訴訟の代理人を務めた外、現在も原告の法律顧問的な立場にあることを自認している。
(七) 奥井は、同五八年一二月一七日、立川署に本件被疑事実を告訴事実として原告外三名を告訴した。右告訴を受理した立川署警察官は、告訴状の内容を検討し、告訴状に添付されていた登記簿謄本等の資料の検討、奥井を含む関係人からの事情聴取、東京地方裁判所八王子支部等の関係機関に対する照会、本件土地建物の実況見分等の裏付け搜査を一年余りにわたってすすめ、同六〇年二月二七日BとCを、同月二八日Aをそれぞれ逮捕し、同人等の取調べを行った上、同年三月一日原告を逮捕した。
2 ところで、原告は、昭和五八年七月当時前記上告審判決が言い渡されたことを知らなかったと供述し、証人Aも同旨の証言をしている。しかし、原告はその供述に引き続いて「(右の判決正本は)Aに送達されたが、Aは受け取る資格がないと言っていた」と供述しているのであって、Aに判決正本が送達されたことは認めている。前示認定のAと原告との親密な関係からすれば、弁護士の資格を失っていたとはいえ、上告時の代理人であったAが、依頼者である原告に対し、上告審判決が送達された事実を連絡しなかったとは考えられない。Aは、原告の右供述はA宛に送られてきた別の郵便物を受け取れないといって返した事実と混同したものである旨供述するが、不自然であり、信用できない。原告は、自分の事件の上告審判決に関わるエピソードであるからこそ、右のような記憶があったものと認めるのが自然である。
なお、原告は上告審判決が言い渡されたことを知ったのは本件逮捕後であると述べ(<書証番号略>)、他方、Aは右判決を知ったのは昭和五八年一〇月上旬ころであり、そのことは直ちに原告に報告したと述べている(<書証番号略>)。原告とAとの間で、右判決を知った時期についてこのように食い違っていること自体不自然であるが、それはさておくとしても、Aの供述では、単に本件建物を占有しているにすぎない法律には素人のBが、仮処分決定の送達を契機に自分で調査した結果、上告審判決の存在を知り、その旨Aに報告してきたということになり、不合理である。上告審判決の言渡しを知った時期に関する原告本人及び証人Aの各供述並びに右両名の陳述書の記載は、いずれも採用することができない。
3 以上の事実関係によれば、Aは、昭和五八年七月下旬ころ上告審判決の送達を受けて一審判決の確定を知り、近くに予想される本件土地上に存在する工作物の収去、本件土地明渡しの強制執行を免れるための方策を原告と協議し、その結果、BやCを巻き込み、前示(四)及び(五)の行為を実行するに至ったものと認めるのが相当である。
そうすると、原告には本件被疑事実の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があったといえる。
二争点2について
1 証拠(<書証番号略>、証人吉田、同A、原告)によると、次の事実を認めることができる。
(一) 立川署警察官は、昭和五九年四月二九日本件建物の補修を行った大工の加藤から事情聴取をした。Aは、Bからの連絡によって右事情聴取があったことを知り、原告と共に同年五月上旬ころ、王子駅の近くの小料理屋にB及び加藤を呼び、今後の対応策を協議した。その席でAは、加藤とBに取調べの際の答え方を教示した。また、そのころ、Aは、加藤とBが供述すべき答弁の要領(<書証番号略>)を作成し、Bに渡した。
(二) 立川署警察官は、前示のとおり同六〇年二月二七日BとCを本件被疑事実で逮捕し、取り調べた。取調べに対し、両名は被疑事実を全面的に認め、Bは、原告から一日一万円出すから本件土地建物に居座ってもらいたいとの依頼を受けた、原告とAの依頼を受けて奥井に対し和解の申入れをした、旨を供述した。
(三) 立川署警察官は、同月二八日原告とAに対する逮捕状の請求をし、同日立川簡易裁判所裁判官から右逮捕状の発付を受けた。同署警察官は、同日原告を逮捕するため原告宅に赴いたが、原告は不在であり、その所在をつかめなかったため、同日は原告を逮捕することができなかった。同署において、逮捕したAの取調べ等により原告の所在を搜査したところ、原告が次男の経営するスナックの従業員宿舎である東京都国分寺市<番地略>○○マンション二〇三号室にいることが判明し、翌三月一日同所で原告に任意同行を求め、同日午後一〇時ころ立川署で逮捕状を執行した。
(四) 原告は、逮捕状執行の直前の取調べにおいて本件被疑事実記載の行為(以下この意味で「犯行」という。)を否認し、裁判所も警察も信用できない、奥井に対する正当防衛である旨供述した。
2 以上の事実関係によれば、本件被疑事実が民事紛争に絡んだ背景を持ち、事案が複雑であること、容疑者及び関係人の数が多いこと、犯行の態様が計画的かつ悪質であること、Aが加藤やBに対し警察の取調べに対する答弁の仕方を教示し、供述すべき答弁の要領を作成し、配付する等の罪証隠滅工作を行っていたこと、原告が逮捕状執行直前の事情聴取において犯行を否認していたこと、原告はBやCの逮捕後その所在が不明であったこと等の事情が認められ、立川署警察官が原告には罪証隠滅のおそれ及び逃亡のおそれがあると判断したことには相当な理由があったものというべきである。
なお、原告は、<書証番号略>は答弁資料ではなくAが仮差押事件を念頭に作成したものであると主張し、証人Aも同旨の供述をしている。しかし、<書証番号略>にはAも認めるように虚偽の事実が記載されており、しかもその内容をみると、Bと原告が知り合った経緯等仮差押事件とは無関係の事実が記載されているのであるから、右文書をもって仮差押事件のために作成されたものということはできない。
三争点3について
以上一、二の事実によれば、原告のいう奥井と原告との間の本件土地建物をめぐる民事紛争は、立川署警察官が本件被疑事実につき捜査を関始した時点では、上告棄却による一審判決の確定により、既に解決をみていたのであるから、民事紛争の存在を前提に、本件の捜査が警察権の不当な介入に当たるとはいえない。
さらに、捜査機関が逮捕の前に被疑者本人から事情聴取を行うかどうかは、捜査機関の裁量に委ねられているのであって、被疑事実の内容、嫌疑の強弱、関係者の取調状况その他諸般の事情により、事情聴取を行うことなく逮捕することも十分あり得ることである。本件では、捜査機関は前示のような諸事情の下において、原告から事前に事情聴取することは相当でないと判断したものであり、右の判断が裁量権を逸脱したものということは到底できない。
四争点4について
1 証拠(<書証番号略>証人吉田)によると、次の事実を認めることができる。
(一) 立川署警察官は、当時土地高謄に絡む刑事事件が多発し、深刻な社会問題となっている中で、同種事犯の防止のためにも本件を社会に公表し、一般市民の注意を喚起する必要があると判断し、前示のとおり、昭和六〇年三月二日、警視庁記者クラブ加盟の報道機関に対し、原告外三名を本件被疑事実で逮捕したことを発表した。
(二) その際、報道機関から奥井が原告から本件土地建物を取得した経緯及びBとCが犯行に加わるに至った経緯につき質問を受けたので、同署警察官は次の事実を公表した。
(1) 奥井は、昭和三五年ころ原告が甲野一郎の孫の妻であり、元北海道長官の娘であるとの紹介を受け、由緒正しい人だとの印象を持った。奥井は、その後本件土地建物が金融業者のための担保に入っており、取り戻すためには五〇〇万円が必要であることを聞いて、原告の窮状を見かねて右金額を原告に融資し、さらに二回の契約を経て、本件土地建物の所有権を取得した。
(2) Bが犯行に加担するようになったのは、前からの知り合いであったAから、甲野一郎の孫の妻である原告が悪い奴に土地を取られそうになっているので、助けてやってくれと頼まれたからである。Cが犯行に加わったのは、知り合いであるBから協力を依頼され、紙幣に顔写真が載るくらいの偉い明治の元勲の孫の妻が困っているなら助けてやろうと思ったからである。
2 原告は立川署警察官は原告が本件被疑事実の主犯であるかのような事実及び原告があたかも詐欺を行っていたかのような事実を公表したと主張し、本件被疑事実を報道した一部の新聞の記事には、「甲野は…(中略)…毛並みの良さを売り物に取引相手を信用させていたという」、「甲野は…(中略)…不当な手段を次々とあみ出して」との記載がある(<書証番号略>)。しかし、立川署警察官が右記事のような事実を公表したものであったとしたら、本件記者会見に記者を派遣した新聞の多くに同様の記事が掲載されたものと考えられるところ、「毛並みの良さを売り物に…信用させていた」、「不当な手段を…あみ出して」との記事はそれぞれ日本経済新聞、朝日新聞大阪版に掲載されたもので、他の新聞には全く掲載されていない。
この事実からすれば、右のような記事は、それぞれの新聞社が警察の発表した事実以外に独自に取材した事実を加えて構成し、各社の自主的判断の下に掲載したものと認めるのが相当であって、立川署警察官において原告が本件被疑事実の主犯であるかのような事実及び原告があたかも詐欺を行っていたかのような事実を公表したものとは認めることができない。
3 以上の事実関係の下においては、立川署警察官が公表した事実は、原告外三名の本件被疑事実及びそれに関連する事実であって公共の利害に関する事実に当たり、前記1(一)でみたように、その広報は専ら公益を図る目的でされたものであり、その内容は真実であると認められるから、立川署警察官の本件広報は、何ら違法なものということはできない。
4 原告は立川署警察官が、原告が甲野一郎の孫の妻であることを公表し、顔写真まで提供する必要性はなかった旨主張する。
確かに、原告が甲野一郎の孫の妻であることは本件被疑事実を構成するものではなく、被疑者である原告の身分関係に関する私的な事実である。しかし、被疑者の身分関係等についての公表が全く許されないというわけではなく、被疑事実及びそれに密接に関連する事実は、たとえ私的な身分関係に属する事実であっても報道機関にこれを公表することは許されるものというべきである。
これを本件についてみるに、前示1(二)で認定したように、原告やAは、本件被疑事実の動機となった民事紛争の相手方当事者である奥井とかかわりを持つに当たり、また、BやCを犯行に加担させるに当たり、原告が甲野一郎の孫の妻である事実を知らしめ、奥井B及びCは、原告の右のような身分関係を原告に対する信頼の基礎に置いて、原告に融資したり、犯行に加担するに至ったものであって、これが被疑事実に密接に関連する事実であることは明らかである。したがって、立川署警察官が原告の身分関係を公表し、その顔写真を提供したことをもって違法行為ということはできない。
五以上の次第であるから、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官石川善則 裁判官春日通良 裁判官和久田道雄)
別紙物件目録<省略>
別紙事実経過
(一) 奥井は、昭和三五年六月ころ、不動産業者大野隆夫(以下「大野」という。)を介し、原告及び弁護士A(以下「A」という。)の紹介により、同年六月七日山梨県都留市<番地略>所在の土地(宅地839.61平方メートル)及び住宅・倉庫等九棟(以下「都留の物件」という。)を四六〇万円で競落した。
(二) 原告所有の本件土地、建物(本件建物及び居宅二棟《家屋番号一八六五番、木造亙葺平家建居宅、16.25坪及び家屋番号一八六六番、木造亙葺平家建居宅、一四坪》、以上の土地建物を総称して「国立の物件」という。)及び神奈川県高座郡間町<番地略>の土地(山林五五一平方メートル、以下「座間の土地」という。)が、三〇〇万円の代物弁済として同年七月一三日及び同月二二日付で光豊金融株式会社等の名義に所有権移転登記がなされている。
(三) 奥井は、同年八月ころ、原告から右国立の物件及び座間の土地の買戻しに必要な五〇〇万円の融資の申込みを受けた。
(四) 奥井は右融資の条件として、原告が奥井に国立の物件を担保(担保の形式は買戻約款付売買契約)として提供し、利息代りに座間の土地の半分を無償で譲渡することで、同月一三日、原告と東京都新宿区所在のA法律務所において、大野立会いのもと、A作成に係る売買契約書及び土地譲渡契約書により契約を締結した(以下「第一契約」という。)。
(五) 右第一契約の内容は、
(1) 原告は、その所有に属する国立の物件を代金五〇〇万円をもって奥井に売渡し、奥井はこれを買受けた、
(2) 原告は、同年一〇月一二日までに金五〇〇万円を支払って奥井から右物件を買戻すことができる、
(3) 奥井は、右物件の所有権を確保するため、原告より売買予約の仮登記を受けるものとし、買戻期限までは本登記しないものとする、
(4) 原告が買戻期限までに右物件を買戻さないときには、当然買戻権を喪失し、右物件に対し奥井のために所有権移転登記をなし、かつこれを奥井に引渡さなければならない、
(5) 原告は、その所有に属する座間の土地のうちの半分を奥井に無償譲渡する、
等というものであった。
(六) 原告は、同日、奥井から金五〇〇万円を受領した。
(七) 国立の物件及び座間の土地は、同月一八日付で、光豊金融株式会社等から原告名義に所有権移転登記がなされ、国立の物件が同日付で奥井名義に所有権移転請求権保全仮登記がなされている。
(七)の一 原告と奥井は、同月七日、A法律事務所において、A、達哉、大野立会いのもと、A作成に係る契約書により契約を締結した(以下「第二契約」という。)
(七)の二 右第二契約の契約書に(1)ないし(7)の記載がある。
(1) 奥井は、その所有に属する都留の物件を代金八〇〇万円で原告に売渡し、原告はこれを買受けた、
(2) 原告は、その所有に属する本件土地を代金八〇〇万円で奥井に売渡し、奥井はこれを買受けた、
(3) 原告は、奥井より受取るべき本件土地の代金八〇〇万円のうち五〇〇万円については、先に奥井から右土地を担保に借受けた五〇〇万円の支払債務と、残金三〇〇万円については、都留の物件の代金として奥井に支払うべき八〇〇万円の内金三〇〇万円の支払債務とそれぞれ対当額で相殺した、
(4) 原告は、都留市の物件の買受残代金五〇〇万円を昭和三五年一〇月一七日限り内金三〇〇万円及び同年一二月三一日限り内金二〇〇万円を支払う、
(5) 奥井は、都留の物件を同人名義のまま原告が取引関係を有する達哉の谷村信用組合に対する銀行取引きの根抵当として提供することを承諾した、
(6) 都留の物件の所権移転登記の時期は、原告が右売買代金を完済した時とする、
(7) 原告は、本件土地をこの契約締結の日から遅くとも一ケ月以内にその地上物件を撤去し、更地として奥井に引渡すことを約するとともに、右引渡の履行を保証するため、大野に対し右地上物件の取り壊しについての一切の権限を委任した。
(七)の三 右契約締結の際、奥井は、原告から矢頭誠信振出しにかかる昭和三五年一〇月一七日付額面三〇〇万円の先日付小切手及び原告と有限会社三晶織商会(代表取締役原告)の共同振出にかかり、矢頭誠信が裏書した額面二〇〇万円(満期昭和三五年一二月二〇日)の約束手形の交付を受け、都留の物件についての引渡しの合意がなされ、根抵当権設定のための委任状、印鑑証明書及び権利証を原告に交付した。
(七)の四 奥井は、同月一九日、右小切手を呈示し現金三〇〇万円の支払を受けたが、額面二〇〇万円の約束手形については支払を受けられなかった。
(八) 奥井は原告から大野を介し、都留の物件の名義変更の申し入れを受け、これを受諾し、同月二〇日ころ、A法律事務所において、原告に都留の物件の所有権移転登記に必要な白紙委任状、印鑑証明書を交付した。
(九) 原告は、同日、右白紙委任状、印鑑証明書を達哉に交付し、都留の物件を原告名義に所有権移転登記するよう委任した。
(一〇) 奥井は、都留の物件の所有権移転登記の時期が予定より早まったので、原告に本件土地の明渡しを予定より早くするよう要求し、原告は、奥井に本件土地を一〇月末日までに地上物件を取り壊し、更地にして明渡す旨を誓約し、Aがこれを保証した。
(一一) 原告と奥井との間に、同月二〇日ころ、二〇〇万円の債務の決済につき、座間の土地のうち第一契約の際、原告が奥井に無償譲渡した土地を除く座間の土地の所有権と山中湖畔の別荘及びその敷地の借地権を代物弁済として決済する旨の合意が成立し、奥井が額面二〇〇万円の約束手形を原告に返還した。
(一二) 原告は同月下旬ころ、本件建物を除く居宅二棟(家屋番号一八六五番及び一八六六番)を取り壊したが、明渡期限までに右(一〇)記載の債務を履行せず、本件建物に居座り、奥井の再三にわたる明渡要求にも応じなかった。
(一三) 奥井は、昭和三六年四月三日、本件土地建物を同人名義に所有権移転登記した。
(一四) 本件建物の床面積は、昭和三七年度の家屋評価額証明書によれば、登録16.50坪(54.45平方メートル)、現況23.50坪(77.55平方メートル)である。
(一五) 原告は、昭和四〇年、東京地方裁判所八王子支部(以下「東京地裁八王子支部」という。)に奥井外を被告として、本件土地の所有権移転登記抹消登記手続等請求事件(甲事件)を提起し、さらに昭和四四年、同支部に奥井外を被告として、本件建物の所有権移転登記抹消登記手続等請求事件(乙事件)を提起した。
(一六) 奥井は、同年、東京地裁八王子支部に原告を被告として、家屋明渡、建物収去土地明渡請求事件(丙事件)を提起した。
(一七) 右甲乙丙事件は、併合審理され、昭和五四年五月一六日、東京地裁八王子支部において、
(1) 甲乙事件については、原告の請求をいずれも棄却する、
(2) 丙事件につては、原告は奥井に対し、本件建物から退去し、かつ、本件土地上に存在する物置小屋、自動車車庫(ガレージ)、その他の工作物を収去して右土地を明渡せ、
旨の判決が言渡された。
(一八) 原告は、昭和五四年五月ころ、渋谷区初台<番地略>に転居し、その後、原告と同居していた同人の長男甲野二郎も右同所に転居している。
(一九) 原告は、右判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが、昭和五七年四月二八日、控訴棄却の判決が言渡され、さらに、最高裁判所に上告したが、昭和五八年七月一九日、上告棄却の判決が言渡され確定した。
(二〇) 同月一一日、債権者C、同代理人弁護士米山謙一、債務者Bとする仮差押命令申請が足立簡易裁判所になされている。
(二一) 右申請書の趣旨は、
(1) Cは、Bに昭和五七年六月一日、金八五万円を利息一分、弁済期日同年一一月三〇日の約定にて貸渡したが、Bは右弁済期を徒過しても右貸金債務を履行しないため、右貸金請求の訴えを提起すべく準備中である、
(2) Bは国立市に二〇年前に建築した未登記物件を所有し、これを第三者に賃貸しているが、敷地について地主と紛争中の模様であり、本案訴訟に勝訴しても強制執行できないので、執行保全のための仮差押を申請する、
等というものであった。
(二二) 右未登記物件がBの所有だとして、右申請書に添付された昭和五八年八月一〇日付加藤作成に係る事実証明書には、昭和三九年一一月中旬ころB(旧姓吉田)の依頼により本日付作成の「建築工事完了引渡証明書(三通)」にそれぞれ記載の増築工事並びに新築工事を代金五拾万円をもって請負施工し、同月末日までに右工事を全部完了し即日引渡した旨記載されているほか、右建築工事完了引渡証明書には、昭和三九年一一月三〇日、床面積一階部分55.14平方メートルの本件建物を増築、倉庫(構造木造セメント亙葺一階建、床面積地階部分11.53平方メートル)を増築及び居宅(構造軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建、床面積9.93平方メートル)を新築し、同日、所有者であるB(旧姓吉田)に引渡した旨記載されている。
(二三) Bの金銭借用証書の保証人となっている高橋和紀(以下「高橋」という。)のCに宛てた昭和五八年八月九日付報告書には、Bの保証人として財産状況等の調査をしたところ、Bには国立市内に家作があり、その建物は昭和三九年の建築に係る老朽建物で、増築部分の平家建居室(約六坪)、地下一階の倉庫(約三坪)及び別棟プレハブの平家建居室(約三坪)は、いずれもBが当時権限に基づいて建築所有し、現在第三者に賃貸しているが、いずれも未登記物件である旨記載されている。
(二四) 昭和五八年八月一六日、足立簡易裁判所(裁判官樋口邦夫)において、右申請に係る仮差押の決定がなされた。
(二五) 本件建物の登記は、同月一七日、足立簡易裁判所からの登記嘱託により閉鎖され、同日、新たに家屋番号四―一、構造木造セメント亙葺地下一階付平家建、床面積一階部分76.18平方メートル、地下一階床面積13.24平方メートルとして登記され、さらに、
(1) 家屋番号四―一―一番
種類 居宅
構造 木造セメント瓦葺平家建
床面積 一階部分55.14平方メートル
(2) 家屋番号四―一―二番(未登記部分)
種類 居宅
構造 木造セメント瓦葺平家建
床面積 一階部分17.87平方メートル
(3)家屋番号四―一―三番
種類 倉庫
構造 木造セメント瓦葺一階建
床面積 地階部分12.53平方メートル
と区分され、右(1)の物件を除く(2)及び(3)の物件がBの所有として同人名義で所有権保存登記され、これにC名義で仮差押の登記がなされている(ただし、右(3)の物件は同月三〇日錯誤により閉鎖されている。)。
(二六) 同日、本件土地上に存在するプレハブ住宅が家屋番号四―一―六番、種類居宅、構造軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建、床面積9.93平方メートルとして、B名義の所有権保存登記がなされ、これにC名義の仮差押の登記がなされている。
別紙被疑事実の要旨
被疑者甲野春子は、東京都国立市<番地略>所在、奥井繁敏所有の土地661.15平方メートル及び建物(居宅)登記床面積54.54平方メートルについて、かねてから自己と奥井との間でその所有権をめぐり裁判係争中のところ第一審の東京地方裁判所八王子支部、第二審の東京高等裁判所においてそれぞれ「甲野春子は奥井繁敏に対し、右土地上に存在する工作物を収去して明け渡せ」という趣旨の判決があり、更にこれを不服として自己が上告した最高裁判所においても昭和五八年七月一九日その上告を棄却されて自己の敗訴が確定し、いよいよ明け渡しを迫られ更にこれを履行しなければ強制執行による工作物收去の措置が予想されるやA、B、Cらと共謀し
第一 前記奥井所有の居宅建物の実測面積が約76.16平方メートルで登記面積よりも大きいことに着目し、その未登記部分があたかもBの所有物件であるが如く虚偽の事実を内容とする建築工事完了引渡証明書等を作成したうえで昭和五八年八月一一日Bに債権を有しているというC名で足立簡易裁判所に対し、右物件の仮差押命令申請をなし、もって同裁判所係官から職権で東京法務局府中出張所に対し、Bが所有権者である旨の所有権保存登記の嘱託をさせ、同法務局登記官をしてその旨、公正証書原本たる登記簿に不実の記載をさせた
第二 更に、同年八月二五日ころ、それまで空家となっていた前記奥井所有の建物に住み込んでもって同不動産を侵奪した
ものである。